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ふるさとへの手紙 「私は楢葉町で生まれ育ちました」

変わってしまったふるさとにも、懐かしの花が咲く

変わってしまったふるさとにも、懐かしの花が咲く

ふるさとへの手紙
いわき市立平第一中学校
二年 矢内有紗
… 私は、楢葉町で生まれ育ちました。

皆さんは、「ふるさと」という言葉に何を想像しますか。まだ、私たちのような若い世代にとって「ふるさと」という言葉はどこか漠然的で深い意味や特別な感情など持たないかもしれません。

 

しかし、自分が生まれ育ち当たり前にあるはずだった場所が、突然当たり前でなくなってしまった時、ふるさとをどのように思い感じるでしょうか。震災、そして原発事故、それらの経験がまさか「ふるさと」という言葉の持つ大切な意味を教えてくれるきっかけになるとは思いもしませんでした。

 

忘れもしない未曽有の大地震。ちょうど私は下校途中でした。迎えに来てくれた父の車に乗り込んだその直後、激しい大きな揺れが突然襲い掛かり、怖さで全身が震え上がりました。あの時、もし父がいなかったら、もし少しでも地震の時刻がずれていたら、私は助かっていなかったかもしれません。その後、私の家は津波にのみ込まれてしまったのを知りました。奇跡が重なり生かされた命でした。けれど、この震災によって助からなかった命、助けられなかった命がある事を決して忘れてはいません。鋭い爪を伸ばし、一瞬で大切な命を奪い去った津波。自然の猛威を前に人間の力は儚く無力だという事を初めて思い知らされました。

 

避難所となった小学校の体育館はまるで戦場のような雑然とした重苦しい空気に包まれていました。震災がなければこの場所で卒業式を迎える予定でした。しかし、悲しむ時間もないまま、ふるさととの別れは突然やってきました。原発事故の発生、放射能という未知の恐怖。不測の事態に誰もが混乱し、目に見えない放射能から身を守る為、次々と逃げ出すようにふるさとを追われ離れていきました

 

東京での避難生活。そしていわきへ。でも、復興への道のりは険しく、今では近くて遠い「ふるさと」。ふと、家の前に広がったのどかな田園風景を思い出します。
しかし、震災や原発事故を経験した事は決して辛い事ばかりではありません。ふるさとをより深く思い、感じる機会を与えてくれたからです。今までの自分を築き、又、これからの自分が成長していく為の大切な原点である事を知りました。そして今、ふるさとと自分を結ぶ心の絆が大きな力となっています。ふるさとを大切に想う気持ちは、今ある生活への感謝へと繋がっています。

 

ふるさとのために今の自分ができること。

それは、復興への想いを決して諦めない強さを持ち、これから先の困難を乗り越えていくということ。そして、この生かされた命でふるさとの未来を大切に守っていきたいと思います。

 

私には将来の夢があります。社会科の教師になるという夢。この大震災を直接体験した者として、東日本大震災がもたらした日本の一つの歴史、かけがえのないふるさとへの思い、そして被災地での惜しみない支援の輪の記憶を風化させないよう、子供達へ後世へと語り継いでいきたいと思っています。

 

この発表が、復興へ向け戦い続けるふるさとへの祈り、そして感謝の想いをのせたふるさとへの手紙として届く事を願っています。

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