イスラエルの悲劇と、パレスチナの悲劇。 なぜユダヤ人は迫害する側なのか(FGW)

7月 24th, 2014 | admin@fgw

イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの容赦のない攻撃に国際的な非難が集中している。国連の人権高等弁務官はイスラエルの行動を「戦争犯罪」と指摘、人権理事会もイスラエル非難の決議を採択した。だが、イスラエルは攻撃の手を緩める気配はない。イスラエルの冷酷な無差別攻撃を見るにつけ、ある思いを感じる人は少なくないだろう。第二次大戦で独ナチスによって未曾有の大迫害を受けたユダヤ人が、今は逆にパレスチナ人を迫害している。なぜ、と。
四半世紀前、そうした疑問を抱えて、イスラエルを訪問、答えを探したことがあった。
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1989年の夏だった。同年は第二次大戦の欧州戦争が始まってから50年の節目の年だった。1939年9月1日。ドイツによるポーランド電撃攻撃で幕を開けた戦火は、世界中に広がっていった。
<被害者が加害者に>


筆者は「大戦勃発から50年」の意味を問うため、ポーランドのアウシュビッツから、イスラエルへと、取材旅行を敢行した。その目的は、ずばり第二次大戦で大量虐殺(ホロコースト)の悲劇を経験したユダヤ人が、戦後建国したイスラエルにおいて、再三にわたってパレスチナ人と衝突、「加害者」の側に立っているように見えるのはなぜなのか、という問いへの答えを見つけることだった。イスラエルのユダヤ人にこの質問をぶつけるのが一番確かな答えにつながるはずだ、と。

 

当時、アウシュビッツでは一つの騒動が起きていた。旧収容所に近接したキリスト教修道院に複数のユダヤ人が乱入した事件だった。問題の修道院は、80年代の初めにキリスト教関係者が、長年廃屋となっていた倉庫を改造して作ったもの。だが、アウシュビッツはユダヤ人にとって一種の「聖地」。そこにユダヤ教と相容れないキリスト教の施設が設置されたことへの反発がトラブルの原因とされた。

 

歴史をたどると、ユダヤ人迫害というナチスの犯罪を無言で支えた多くの非ユダヤ人の存在があったのも事実だ。ナチス以前では、ローマ帝国以来のキリスト教とユダヤ教の長きわたる歴史的対立が続いていた。

 

<「恐怖」と言う意味>


戦後に安息のユダヤ人国家としてスタートしたイスラエルの歴史も血塗られてきた。初期のパレスチナ村落の土地強制収用、67年の第三次中東戦争による占領地のヨルダン川西岸地区・ガザ地区へのイスラエル人入植問題、82年のレバノン戦争での難民キャンプ攻撃、その後に占領地で続くパレスチナ住民による反イスラエル闘争とそれへの抑圧攻撃――。ここではイスラエルは常に加害者の側に立ってきた。

 

89年の夏。イスラエル入国後に、取材の趣旨を、現地のジャーナリストに伝えると、目の色が変わった。「お前、そんな取材をするんじゃない」「質問の意味がわかっているのか」。ある人は、肩をすくめてはぐらかした。ある人は聞かなかった風を装った。じっと、にらみ返すだけの人もいた。

 

これが答えか、と思えたのが、ある学者のつぶやきだった。「恐怖心」とポツリ。「大戦から50年(当時)という期間は個人には長いが、民族にとってみると短い。ユダヤ人にとって一番怖いことは、もう一度、虐殺されることなんだ」。ポーランドに生まれ、ホロコーストを逃れてこの国にたどり着いたその人は、こちらの目をじっと見つめて、そう語った。
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「だからといって、パレスチナの子供まで虐殺していいわけがない」と反論しようとした。だが、「民族として根絶やしにされる恐怖」を味わった人の言葉をはねつけることはできなかった。イスラエルは新たに独立国家を作ったが、確かに、その後の歴史をみると、安定した平和は築けていない。今も、恐怖心は消えていないわけだ。

 

その恐怖心が「殺される前に殺さねばならない」との思いをかき立てているとしたら、出口は容易に見つからない。そうした「イスラエルによる恐怖」に晒されるパレスチナ側の悲劇も、果てしなく続くことになる。

 

<誰がギャップを埋めるか>


暑い夏のイスラエルの首都エルサレム。ホロコースト記念館を一歩入ると、延々と続く死者の名前とともに、ひんやりとした空間があった。そこで出会った一人のドイツ人女性がこう語った。

 

「ユダヤ人は被害者としてホロコーストを知り過ぎている。だが、私たちは過去のこととして、あまり語ろうとして来なかった。このギャップを埋めるには、私たちがもっと知り、語ることが大事です」。

 

恐怖を抱えたユダヤ人とパレスチナ人という二つの民族。その語らいの場を、非ユダヤ、非パレスチナのわれわれが、本気で用意できるか。人類は虐殺を重ねるだけの生き物なのか。恐怖を克服するには、いくら時間をかけてもいいから、信頼のつながりを築かねばならない。二つの民族を、悲劇から解き放つための国際的努力は何度か失敗したからといって、放棄するわけにはいかない。(FGW)

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